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食育とは…(2006年8月23日) 先月参加した「教育ソリューションフェア」にて、食育の話がありました。その中でとても興味深い話がありましたので、紹介致します。 まず、読者の方は「食育」と聞いてどのようなことを想像されるでしょうか。もちろん、教育に関することですが、わたしなどは、単に「食べ物と健康について考える」という程度にしか考えておりませんでした。栄養バランスを考えよう、といった程度です。 ですが、今回伺った講演では、さらに進んだお話を聞きました。 まず、衝撃的な統計結果を見せられました。それは、 「朝ごはんを食べないと学力が低下する」 というものです。そういう傾向がある、といった程度ではございません。 ある学力テストの結果について、「朝ごはんを毎日食べる」と「朝ごはんをたまに食べる」と「朝ごはんを食べない」の3グループで分けたとき、それぞれの平均が、とても明快に分かれていたのです。 朝ごはんを毎日食べる>朝ごはんをたまに食べる>朝ごはんを食べない という具合です。 「たまに食べる」というあいまいなグループにも関わらず、「毎日食べる」に負け、「食べない」に勝っていたのです。 ですので、テストの日に朝ごはんを食べればいいというものではないようです。 「必ず毎日朝ごはんを食べる」 これが、学力向上への【絶対に必要な条件】という結果に感じられました。 もう一点ご紹介します。こちらは、先ほどのお話とは別の意味で衝撃的でした。 講演をされた講師は、「子どもに料理を教える」ということをされているようなのですが、その時話された子どもというのが、中学生でも小学生でもなく、なんと【幼稚園児】だったのです。 しかも、手取り足取りという具合ではなく、例えば、包丁などを子どもに持たせて1人で扱うように指導する、といったようなことなのです。 それだけではありません。包丁を使った指導の一例が、 「豆腐を手に乗せ、その豆腐を自分で持った包丁で切る」(全て園児自ら行います) というものです。下手したら、包丁で手を切ってしまいそうで、想像しただけでも、はらはらしますが、講師の方はそう指導しているというのです。 包丁で切るやり方の説明をするときは、講師も園児も真剣そのものです。「包丁を手において、引っ張ったらけがしちゃうよ」などと、なにが危険であるかをしっかり教え、それぞれの園児に豆腐を切らせます。 それを見ているお母さん方は、当然のごとく、「まだまだ… いまよ!」などと声をかけたり、子どもの手にお母さんの手を添えたりをしてしまうようですが、講師はその手を払いのけて(笑)、「お母さんはだまって見ていて下さい」と告げるそうです。 さて、この「子ども向けお料理教室」で子ども達は何を学ぶのでしょうか。もちろん、料理の仕方を学びます。ですが、それは天才コックの早期育成などのためではないようなのです。 小さい頃から料理をすることで、 「食べ物の大事さ」 を学ぶようなのです。 それはある意味当然なことなのかも知れません。大人にとっては、料理が毎日のことでも、子どもにとっては、とても苦労して作り上げた【自分だけの芸術品】でもあるのです。 できれば、どこかに飾っておいて、眺めていたいとすら思うかも知れません。でも、食べるために作った、ということはわかっているので、残念ではあってもしっかり食べます。まさに、そのとき出てくる気持ちは、 大事に食べる ということになるのかも知れません。 わたしは、子どもころ「食べ物は、大事だ。残してはいけない。」そんな言葉を何度聞かされて来ました。それを聞くたびに、どこか「うるさいなぁ」と感じていました。 料理をさせるというやり方では、違います。食べ物の大事さなど一言も言わなくても、子どもは食べ物が大事である、ということを「知る」のです。 そして、さらに大事なこと得るそうです。それは、 【自信】 です。自分が作ったという自信、自分が作ったものを自分で食べれた自信、そしてお母さんも食べてくれたという自信。 そういった、「褒められる」とは違った、「やりとげた」という自信を持ちながら、子ども達は成長していくのだと言っていました。 また、料理には、本物の食材を使うそうです。そうした中で、体にいい食材を自然とわかるようになります。おかしな食材を口にしたら、食べたくなくなるそうです。 講師がおっしゃっていたことですが、本当の食育とは、言葉で伝えることではなく、 「経験で身につかせること」 であると、大きな納得を得た講演でした。
食育とは…(2006年8月23日)