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    コラム

    欲求を抑える訓練は食事から
    (2011年7月4日)

    どんな子どもでも「あれが欲しい」「あれしたい」と言い出すことがあります。



    「今はダメ」というと「いやだいやだ」と駄々をこねられた経験を持つ親御様は多いかと思います。



    いかに駄々をこねさせないかは難しいのですが、我慢させる経験すれば、年を重ねると次第にそういったことは少なくなるかと思います。



    その我慢の強さをもたらす、最も強いものが「食べる事」だと思います。



    好きな時に好きなものを食べたい、という気持ちは誰しもあると思います。



    今の日本では、それを適えることはそれほど難しいことでは無いかも知れません。



    ですが、食べることは、生き物の最も深い欲求です。



    この欲求が「いつでも満たされる」という経験を持つと、他の欲求に対しても「いつでも満たされるだろう」という感覚を持ってしまいがちです。



    それが結果的に「いやなことはすぐにやめられる」「やりたいことだけをやっていられる」「人に対してはやりたいようにやっていい」といった、いわゆる「自己中心的」な感覚を育ててしまうと考えられます。



    もちろん、幼稚園でも学校でも、どの社会においてもそれは認められません。



    ですので、「自己中心的」を抑えられる気持ちがあれば、社会に馴染めますが、抑える気持ちがなければ、「私は認められない」という孤独感になってしまいます。



    こうしたことは、食事だけが解決されるものではありませんが、欲求の最も深いところにある食事が全ての基本だと思います。



    他では我慢させるけど、食事だけは好きなようにさせる、となると、残念ながらあまり我慢の心を育ててはいないかも知れません。



    逆に、食事だけは必要な時は必ず我慢させていれば、他についても、我慢させなくても我慢する気持ちが出てくるかも知れません。



    「時には食べたいのを我慢しなければいけない」「我慢して食べなくてはいけない」そういった気持ちの訓練が、ありあまる欲求を抑える最も大きな力になると思います。






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